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千葉地方裁判所 昭和35年(ワ)275号 判決 1963年5月10日

判   決

東京都板橋区徳丸本町一〇二番地

原告

上村堅

右訴訟代理人弁護士

高沢正治

千葉県船橋市宮本町二丁目七一四番地

被告

高橋義郎

同所同番地

被告

高橋カツ子

右両名訴訟代理人弁護士

鈴木市五郎

右当事者間の、昭和三五年(ワ)第二七五号土地、建物明渡請求事件について、当裁判所は、次の通り判決する。

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告等は、原告に対し、別紙目録記載の土地及び建物を明渡さなければならない、訴訟費用は被告等の負担とする旨の判決並に仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、別紙目録記載の土地及び建物(以下、本件土地、建物と云う)は、全部、原告の所有である。

二、然るところ、被告等は、何等の権原なくして、右土地及び建物を占有して居るので、原告は、その所有権に基いて、被告等に対し、右土地及び建物の明渡を為すべきことを命ずる判決を求める。

と述べ、(以下省略)

理由

一、訴外日向久が、被告高橋カツ子を被告として、千葉地方裁判所に対し、本件土地、建物は、同訴外人が、その所有者である同被告から、これを買受けて、その各所有権を取得したものであるから、孰れも、同訴外人の所有である旨を主張し、それ等が同訴外人の所有であることの確認を求める等の訴を提起し、(千葉地方裁判所昭和三五年(ワ)第一五三号土地、建物所有権確認等請求事件)、勝訴の判決を受け、これに対し、右被告が控訴したことは、(東京高等裁判所昭和三五年(ネ)第二六六八号控訴事件)、弁論の全趣旨に照し、当事者間に争のないところであると認められ、而して、右控訴審に於て、昭和三七年一〇月二七日、右訴外人勝訴の第一審判決を取消し、事件を原裁判所である千葉地方裁判所に差戻す旨の判決の言渡が為され、これに対し、右訴外人が上告を為し、その上告が受理されたことは、成立に争のない乙第一一号証及び甲第一八号証によつて、明白なところであるから、右事件は、上告審に係属中であつて、右訴外人勝訴の判決は、未確定であると云う外はなく、従つて、右判決は既判力を有しないものであるから、当裁判所は、右訴外人勝訴の第一審判決の判断によつて拘束されることのないものである。然る以上、当裁判所は、右判決に関係なく、本件実体関係について判断を為し得ることは、多言を要しないところである。

二、然るところ、原告は、本件土地、建物は、右訴外日向久が、その所有者である右被告高橋カツ子から、これを買受けて、その各所有権を取得し、原告は、右訴外人から、これを買受けて、その各所有権を取得したものである旨を主張して居るので、先ず、右訴外人が、その所有者である右被告から、本件土地、建物を買受けて、その各所有権を取得したことがあるか否かについて、審按するに、

(一)  (証拠―省略)と弁論の全趣旨とを綜合すると、

(イ)  訴外タカハシは、昭和三一年一二月中、訴外風間製作所に対し、元金四、一二六、一九〇円の債務を負担して居ることを承認した上、右訴外タカハシ及び被告高橋義郎は、右訴外風間製作所に対し、右債務を左記約定を以て、弁済することを約し、

(1) 訴外風間製作所は、訴外タカハシの代表者である被告高橋義郎の妻被告高橋カツ子の承諾を得て、その所有に係る本件土地、建物を他に売却し、その代金を以て、右債務の弁済に充当すること、但し、右土地、建物には、訴外二宮悦三を債権者とする元金二、〇〇〇、〇〇〇円の債務を被担保債務とする抵当権が設定されて居るので、右代金による弁済の充当は、右訴外人に対する右債務について、先づ第一に、優先弁済を為し、その残額を前記債務に充当弁済すること、尚、右に対する被告高橋カツ子の承諾は、被告高橋義郎に於て、これを求めること。

(2) 右による弁済額が、前記債務の額に達しないときは、右製作所は、被告高橋義郎の所有に係る東京都文京区白山前町一番地所在の不動産(但し、第一相互銀行に対し、元金二、〇〇〇、〇〇〇円の債務について、抵当権が設定してある)及び借地権を他に売却し、その代金を以て、右残額債務の弁済に充当すること。

(3) 右による弁済額が、なお、右残債務の額に達しないときは、右被告高橋義郎は、同被告が訴外株式会社大東京に対して有する元金四、五〇〇、〇〇〇円の求償償権を右製作所に譲渡して、その弁済に充当すること。

(4) 以上の約定による前記債務の弁済は、昭和三二年三月末日までにこれを為し、右(1)乃至(3)の約定による処分が遅延した場合には、更に、前記三者の協議によつて、その期限を更新することが出来ること。

(ロ)  被告高橋義郎は、右約旨に従つて、被告高橋カツ子に対し、前記約定の趣旨を伝えて、この承諾を得、同被告は、その約定の趣旨を了承し、その約旨に従つて、訴外風間製作所に対し、同被告の所有に係る本件土地、建物の売却方を委任し、

(ハ)  その結果、同年一二月一三日に至り、訴外風間製作所と訴外タカハシとの間に於て、前記約定について、公正証書(甲第八号証)の作成が為され、その後、同月一七日頃に至り、被告高橋カツ子は、右製作所に対し、右土地、建物の売却方を同製作所に委任する旨の文言を記載した同月一七日附の委任状(甲第九号証の一)及び同日附の同被告の印鑑証明書(同号証の二)を交付し、又、被告高橋義郎は、同製作所に対し、前記(1)乃至(3)の約定による処分を同製作所に委任する旨の文言を記載した同一三日附の念書(甲第一〇号証)を交付し、

たことが認められ、この認定を動かすに足りる証拠はなく、

(二)  然るところ、被告等は、被告高橋カツ子が訴外風間製作所に対して為した前記認定の委任は、単純、無期限の委任ではなく、前記訴外二宮悦三に対する元金二、〇〇〇、〇〇〇円の債務を右製作所が完済したときにその効力が生ずる旨の停止条件附の委任であつて、而も、その委任の有効期間は、右被告が右製作所に前記認定の委任状を交付した日から三ケ月間と期限を限定して為した委任である旨を主張し、被告等は、右主張の趣旨にそう供述を為し、又、右委任状である甲第九号証の一には、「二宮悦三より借入金二百万円の返済を条件として」なる文言の記載があるのであるが、前記認定の(イ)の(1)の約定が為された事実と、前記認定の、被告高橋カツ子が前記右(イ)の(1)の約旨を了承して、右委任を為した事実と、右甲第九号証の一の文言全体とを綜合すると、右訴外二宮悦三に対する債務弁済の約定は、同訴外人が抵当権者であることによる優先弁済の特約であつて、右被告は、この趣旨を了承して、右委任を為し、右委任状の文言の趣旨もこれと同趣旨であると認められるので、右被告の為した前記委任には、被告等主張の様な条件は附せられて居なかつたものと認めるのが相当であつて、被告等の供述と右委任状に右摘録の文言の記載があることだけでは、右認定を動かすことは出来ないものであると云うべく、併しながら、前記認定の(イ)の(4)の約定が為された事実と、その後、右(4)の約定による期限の更新の為されたことを認めるに足りる証拠が全然ないことと、被告等の供述によつて認められるところの右委任状に添付された被告高橋カツ子の印鑑証明書の有効期間が三ケ月である事実と、被告等の供述とを綜合すると、右委任が有効に存続する期間は、昭和三二年三月末日までであつたと認定するのが相当であると認められ、この認定を動かすに足りる証拠はないのであるから、右委任は、右の日までを有効期間として為された期限附のそれであつたと認定せざるを得ないものであり、

(三)  又、右委任に於て、復委任を為す権限の授与が為されたことは、これを認めるに足りる証拠がないのであるから、右製作所は、復委任を為す権限は、これを有しなかつたものであると認める外はなく、更に、右委任は、前記認定の事実によると、法律行為を為すことを目的として為されたものであると認めざるを得ないのであるから、右委任に伴つて、右目的の範囲内に於て、右被告を代理する権限の授与が為されて居たものであると認めるのが相当であるところ、復代理人を選任する権限の授与が為されたことは、これを認めるに足りる証拠がないのであるから、右製作所は、復代理人を選任する権限は、これを有しなかつたものであると認める外はなく、

(四)  然るところ、(証拠―省略)を綜合すると、

(イ)  訴外風間製作所は、前記委任に基いて、本件土地、建物を売却する為め、その買主を物色したのであるが、適当な買主が得られなかつたので、昭和三三年一〇月中に至り、訴外田中礼次郎に対し、本件土地、建物の売却方を委任し、

(ロ)  右訴外田中礼次郎は、右委任に基いて、買主を物色し、昭和三五年三、四月頃から、訴外日向久に対し、自己に於て、本件土地、建物を売却する権限があると称して、その買受方の交渉を為し、その結果、これを信じた訴外日向久との間に於て、昭和三五年五月一日、代金八〇〇、〇〇〇円を以て、右土地、建物を同訴外人に売渡す旨の契約が成立し、(但し、訴外二宮悦三に対する元金二、〇〇〇、〇〇〇円の抵当権附債務は、同訴外人に於て、これを弁済する約定)、即日、同訴外人から、右代金を受領し、

たことが認められ、(中略)、甲第一一号証の一、二(但し、甲第一一号証の一は、乙第六号証と同一のもの)、及び同第一二号証の一は、証人風間清の証言によつて、孰れも、前記訴外風間製作所の代表者である訴外風間清が、訴外日向久の求めによつて署名押印のみを為した白紙を利用して、右訴外日向久若しくは訴外田中礼次郎が勝手に作成したものであることが認められ、更に、甲第一一号証の三は、その作成について、右訴外風間清が、全然関与して居なかつたことが、右証人の証言によつて認められ、以上の認定を覆えすに足りる証拠はないのであるから、右各書面の存在することは、右認定を為す妨げとはならず、他に、右認定を動かすに足りる証拠はなく、

(ハ)  又、右各書面は、右に認定の様な書面であるから、これ等を以て、前記認定の売買契約は、訴外風間製作所が、被告高橋カツ子を代理して、右訴外日向久とこれを締結したものであると認定する証拠とはなし難く、(中略)他に、右の事実のあることを認めるに足りる証拠はないのであるから、結局、右売買契約は、右訴外風間製作所が右被告の代理人としてこれを為したものではないと認定する外はなく、

(ニ)  而して、前記認定の事実によると、訴外風間製作所が、訴外田中礼次郎に対して為した委任は、復委任であると認定せざるを得ないものであるところ、れの復委任は、被告高橋カツ子が右訴外製作所に対して為した委任の存続(有効)期間経過後に於て為されたものであつて、而も、右製作所には復委任を為す権限のなかつたこと、前記認定の通りであるから、右復委任に基く右訴外人の行為は、対内的関係即ち原委任者である右被告に対する関係に於ては、何等の効力も生じないものであると云い得るのであるが、法律行為の委任に於ては、特段の事情のない限り代理権の授与が伴うものであつて、このことは、復委任の場合に於ても同様であると解されるところ、前記復委任が法律行為の委任であることは、前記認定によつて明らかであつて、而も、特段の事情のあつたことを認めるに認めるに足りる証拠がないのであるから、右復委任については、復代理権の授与が伴つて居たものと認定するのが相当であると認められるので、対外的関係即ち訴外日向久に対する関係に於て、右訴外田中礼次郎が本人を代理し得る権限を取得したか否かが問題となるのであるが、右訴外風間製作所に復代理権授与の権限のなかつたことは、前記認定の通りであるから、右復代理権の授与は、本人に対する関係に於ては、その効力が生じないものであるというべく、従つて、右訴外田中礼次郎は、右訴外日向久に対する関係に於ては、本人を代理する権限を有しなかつたものであるという外はないのであるから、右訴外田中礼次郎が右訴外日向久との間に於て、本人である被告高橋カツ子の復代理人として為した前記行為は、純然たる無権代理行為であつて、(従つて、表見代理の関係は生じないものである)、本人の追認のない限り、本人に対し、その効力が生じないものであるところ、本人である右被告がその追認を為したことを認めるに足りる証拠は全然ないのであるから、結局、右訴外田中礼次郎が右訴外日向久と為した本件土地、建物についての売買契約は、その所有者である右被告に対しては、何等の効力も生じて居ないものであるといわざるを得ないものであり、

(五)  然る以上、右訴外日向久は、本件土地、建物について、その各所有権を取得し得ないことは、多言を要しないところであるから、同訴外人は、右土地、建物について、その各所有権を有しなかつたものであると断ぜざるを得ないものである。

三、而して、右訴外人が、本件土地、建物について、その各所有権を有しなかつた以上、同訴外人からその各所有権を取得すると云うことはあり得ないところであるから、右訴外人から、その各所有権を取得したことを前提として為された原告の本訴請求は、その前提に於て既に理由のないことが明かであるから、爾余の争点についての判断を為すまでもなく、失当として棄却されることを免れ得ないものである。

四、仍て、爾余の争点についての判断は省略して、原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条を適用し、主文の通り判決する。

千葉地方裁判所

裁判官 田 中 正 一

物件目録(省略)

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